今も残る日本の城
今も残っている城や城址は沢山あります。そんな城を紹介しています。
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2025/06/14 07:27
愛知県大洲市 大洲城
近年になって復元された愛媛県にある大洲城(おおずじょう)。全国的にはあまり知られていませんが、実は見どころいっぱいの知る人ぞ知るお城です。
愛媛県大洲市、伊予大洲駅から車で5分程のところに位置する大洲城。別名で地蔵ヶ嶽(じぞうがだけ)城、亀城ともいわれています。大洲城のはじまりは約400年前といわれ、元和3年(1617年)に加藤貞泰が入城、その後明治維新まで加藤家の居城だったそうです。明治時代に入ると、18棟の櫓、天守閣が取り壊されましたが、平成16年(2004)に4層4階の天守が復元されました。
この天守の注目すべきところは、伝統の技術によって忠実に復元されたということ。明治期の古写真や発掘調査などの資料をもとに、すべて国産の木材で造られています。さらに梁と床材には、希少な350年クラスの木曽檜が使われています。戦後の建築基準法施行以降、最大の木造復元天守なんだとか。
復元された天守のほか、城内には崩壊を免れた国指定重要文化財の4棟の櫓も見どころ。なかでも台所櫓は、現存する4棟のうち最も大きな建物で、台所の機能を備えた珍しい櫓。龍城時には、城兵のための台所として使用されたそうです。そのため、1階の3分の1は土間になっていて、煙突用の格子窓も設けられています。
大洲城は、なかなかテレビなどの映像では見ることができないので、実際に足を運んでじっくり見たい名城のひとつですね。
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愛知県
2017/03/21 13:25
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愛知県名古屋市 古渡城跡
名古屋市中区にあるのが織田信長の父・信秀が築いた「古渡城」です。
その「古渡城」が築かれたのは1534年(天文3)で、信秀はそれまで暮していた那古屋城を子の信長に譲って「古渡城」に移って来たのでした。
信長が13歳で元服を迎えたのも「古渡城」で、織田家にとっては所縁深いお城ということができるでしょう。
「古渡城」は1548年(天文17)に廃城となりましたが、現在では真宗大谷派名古屋別院敷地内にお城の掘割を利した公園と城跡の碑が残っています。
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愛知県
2013/09/30 09:37
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愛知県名古屋市 那古屋城跡
名古屋市中区にあるのが、織田信長の生誕地とされる「那古屋城」です。
この「那古屋城」の前身は今川氏親が16世紀にこの地に築いた「柳ノ丸」で、のちに織田信秀に奪取されて「那古屋城」と改名されました。
信秀は1532年(享禄5)に「那古屋城」に入城して自軍の拠点としたわけですが、その子である1534年(天文3)生まれの織田信長はこのお城で生まれたと考えられています。
その後、「那古屋城」は信秀から信長に譲られましたが、信長が清須城に移ったのちは廃城となっていったそうです。
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愛知県
2013/09/29 19:30
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愛知県名古屋市 名古屋城跡
『尾張名古屋は城でもつ』と伊勢音頭にも唄われたのが、愛知県名古屋市にある名城の「名古屋城」です。
この「名古屋城」は1609年(慶長14)に徳川家康によって築城されました。
別名「金鯱城」「金城」の名称でも分かるように、天守閣に施された金鯱(きんこ)が印象的なお城となっています。
天守屋根の金鯱は家康が徳川家の威光を表わすものとして取り付けさせたもので、北側の雄が2.6メートル、南側の雌が2.58メートルもの大きさがあります。
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愛知県
2013/09/29 19:12
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